大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成元年(行ケ)164号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがなく、また、引用例1及び2に審決認定のとおりの記載があること、本願発明と引用例1の方法との間に審決指摘のような共通点及び相違点のあることも原告の認めるところである。

二 取引事由に対する判断

1 前記争いのない本願発明の要旨に、成立に争いのない甲第三号証(昭和五九年一一月二〇日付手続補正書による全文訂正明細書)及び甲第四号証(昭和六〇年六月二四日付手続補正書)を総合すると、本願発明は、特許請求の範囲に記載されたとおりアミノ基を適度にブロツクしたアミノマロン酸のアルキルエステルにベンゾフエノン置換体を反応させることを特徴とした、3の位置がカルボン酸のアルキルエステル基で置換された1、4―ベンゾジアゼピンの製造方法であることが認められるところ、引用例2における一般式で記載されたベンゾアゼピン化合物(目的化合物)のうち、R3がアルコキシカルボニル基である化合物が、本願発明に係る製造方法の目的化合物と同一であることは当事者間に争いがないので、本願発明の目的化合物自体が公知であることは明らかである。

しかして、<1>引用例1の方法と、本願発明においてアミノ基を封鎖したアミノマロン酸のアルキルエステルとしてオキサゾリジンジオン誘導体を用いる方法とは、引用例1の方法で「水素もしくはアルキル基」(R2)として表されているところが、アルコキシカルボニル基である点に違いがあるのみであつて、0―アミノベンゾフエノン置換体を、置換基を有する2、5―オキサゾリジンジオン誘導体と反応させて1、4―ベンゾジアゼピンの3位にその置換基を導入した化合物を製造する方法として共通している(この点は、当事者間に争いがない。)以上、両者の方法は、基本的な反応機構が一致しているものというべきである(換言すれば、両者の目的化合物は、一般式もしくは1、4―ベンゾジアゼピン誘導体という上位概念によつて合理的に包含され得るものであり、それぞれはその一般式もしくは誘導体に含まれる個別的物質にほかならない。)しかも、<2>両者の方法は、1、4―ベンゾジアゼピン誘導体を製造するための縮合閉環反応条件においても差異がなく、1、4―ベンゾジアゼピン環が生成されるその反応機構に変わりがないのである。すなわち、両者における前記のような反応態様に照らしてみれば、反応剤成分である0―アミノベンゾフエノンとオキサゾリジンジオンの結合部位が同じであり、メチル基及びアルコキシカルボニル基が反応に直接には関与しないことでも変わりがないからである。それに加えて、<3>成立に争いのない甲第六号証(昭四七―一九二八号特許公報・引用例1)によれば、引用例1には、「本発明者らは前記一般式〔Ⅱ〕であらわされる0―アミノベンゾフエノン誘導体を一般式〔Ⅲ〕であらわされる2、5―オキサゾリジンジオン誘導体と処理して縮合閉環させることにより、極めて収率よく、かつ、高純度で目的のベンゾジアゼピン―2―オン誘導体が得られることを見出したのである。たとえば本発明の方法においては前述の5―フエニル―7―ニトロ―1、3ジヒドロ―2H―1、4―ベンゾジアゼピン―2―オンは2―アミノ―5―ニトロ1、4―ベンゾフエノンより約九〇%の高収率でしかも高純度で得られるのである。本発明の方法は反応操作および後処理なども簡単で、かつ、得られる目的物の精製も容易であり、工業的製造法として極めて有利な実施形を示すものである。」(三欄一六行ないし三〇行)との記載のあることが認められるのである。

右のような引用例1に関する<1>ないし<3>の事実によれば、引用例2により公知化合物として示されている本願発明の目的化合物を、ベンゾフエノン誘導体を原料として製造するために、オキサゾリジンジオンとして3位の置換基を引用例1に記載されたアルキル基であるものに換えてアルコキシカルボニル基であるものを用いることは当業者にとつて格別困難なこととはいえない。したがつて、審決が、相違点について、1、4―ベンゾジアゼピン誘導体を製造するために、「引用例1に記載された方法において、オキサゾリジンジオンとして、置換基がアルキル基のものに代えてアルコキシカルボニル基を有するものを用いて反応させる程度のことは、特にアルコキシカルボニル置換基が反応を阻害するものとも認められないので、当業者ならば格別創意を要することとはいえない。」と判断したことには何ら誤りはない。

2 原告は、審決における相違点についての判断が誤りであるとして、次のような理由を主張する。

(一) まず、引用例1には、置換基としてアルキル基を有するオキサゾリジンジオンを用いる方法が具体的に記載されてない旨主張する。しかしながら、前掲甲第六号証によれば、引用例1には、反応剤としてアルキル基を有するオキサゾリジンジオンを用いた実施例(製造例)がないが、審決摘示に係る引用例1の記載は引用例1の特許請求の範囲の記載そのものであり、これにはオキサゾリジンジオン誘導体としてアルキル基を有する場合が明記されているとともに、発明の詳細な説明欄には、「本発明の方法によつて、たとえば下記のベンゾジアゼピン―2―オン誘導体がたやすく製造される。」(四欄一七行ないし一八行)との記載のもとに、その誘導体の例として置換基がアルキル基の場合に相当する「3―メチル―5―フエニル―7―ニトロ―1、3―ジヒドロ―2H―1、4―ベンゾジアゼピン―2―オン」が明記されていることが認められ、かつ、前述のとおりこのアルキル基が反応に直接関与しない基であることを考えれば、特に具体的な実施例がなくても、アルキル基の場合においても、引用例1の発明の目的とした効果を奏することは、当業者において容易に理解できることというべきである。更に、前掲甲第六号証によれば、引用例1には、2、5―オキサゾリジンジオン誘導体が化学構造式をもつて特定されていて極めて明瞭であり、かつ前述のようにアルキル基がメチル基であるオキサゾリジンジオン誘導体が例示されている一方で、実施例1には、右の化合物とはアルキル基の位置が置換されていない、すなわち、水素である点のみで相違する化合物、いわゆる化学構造上類似の製造例が記載されているのであるから、当業者であれば、アルキル基を有するオキサゾリジンジオンを反応成分としてベンゾジアゼピン―2―オン誘導体を製造することは容易に実施できるところである。したがつて、引用例1には、アルキル基を有するオキサゾリジンジオンを用いる方法が実質的に記載されているというべきであり、この点の原告の主張は採用できない。

(二) また、原告は、「アルキル基を有するオキサゾリジンジオンは、本願発明において使用されるアルコキシカルボニル基を有するオキサゾリジンジオンのようにベンゾフエノン誘導体の2位のアミノ基との反応速度を早め高収率で目的化合物を得ることができない」と主張して、反応剤が全く相違する以上、得られる化合物も相違するものである旨主張するが、前掲甲第五号証及び第六号証に基づいて、本願明細書の記載内容を精査しても、アルコキシカルボニル基を有するオキサゾリジンジオンを用いる本願発明の方法において、原告主張のように、反応速度が早く高収率で目的生成物が得られることを確認できる根拠となる記載を見出すことができないから、これを前提とする原告の右の主張は首肯し得ない。また、本願発明と引用例1の方法とが、基本的な反応機構において一致しており、両者の目的化合物は、一般式もしくは1、4―ベンゾジアゼピン誘導体という上位概念に含括され得るもので、それぞれは一般式もしくは誘導体に含まれる個別的物質であることは前記認定説示したとおりであるから、目的化合物の相違をいう原告の主張も採用できない。

(三) 更に、原告は、引用例2の一般式で記載された化合物中でR3がアルコキシカルボニル基の化合物が本願発明の製造法の目的化合物と同一であることは認めながら、引用例2の製法が、本願発明と反応剤及び反応機構において異なることを相違点の判断の誤りの根拠の一つとして主張する。しかし、審決は本願発明の製造方法に係る目的化合物が本願出願前において公知であつたことを示すために引用例2を摘示したものであるから、両者の製法を対比することはあえて必要であると認めることはできないが、一応右主張に即してこの点について検討する。

成立に争いのない甲第七号証(昭和四七―三七九五五号特許公報・引用例2)によれば、引用例2は、「ベンゾジアゼピン誘導体の製造方法」に係る特許公報であるところ、この目的化合物は、次の一般式Ⅱなる化合物を出発原料として、

<省略>

(式中、R1は、水素、アルキルもしくはジアルキルアミノアルキルを表し、R2はフエニル、ハロフエニルもしくはピリジルを表し、R4は水素、ハロゲンもしくはニトロを表し、かつRはアルキル基を表す。)、これを酸又は熱により処理することにより得られるものである(二欄末行ないし三欄一四行)が、この原料である一般式Ⅱの化合物は、次の一般式Ⅲなるベンゾフエノンと一般式Ⅳなる化合物より製造するものであることが記載されている(四欄一七行ないし五欄一六行)こと、

<省略>

(式中、R1、R2及びR4は上記意味を有する。)

<省略>

(式中、Rは上記意味を有し、Xはハロゲンを表し、かつR5はカルボベンゾキシ基を表す。)

更に、一般式Ⅱなる化合物は、一部次の一般式Ⅹの開いた異性体の形で存在し得るこ

<省略>

(式中、R1、R2及びR4は上記意味を有する。)

と(六欄四一行ないし七欄九行)、式Ⅱなる化合物は、また、その反応混合物から単離することなく式Ⅰなる対応化合物、すなわち目的化合物であるベンゾジアゼピンに変換できること(七欄一〇行ないし一一行)の開示が認められる。

他方、前掲甲第三号証及び第四号証によれば、本願明細書には、反応剤であるオキサゾリジンジオンについて、次のような記載のあることが認められる。すなわち、

<1>「このもの(オキサゾリジンジオン)は、次に示す酸の内部の無水物である。」(甲

<省略>

第三号証六頁一行)との記載及び<2>「一般式(Ⅱ)で表されるオキサゾリジンジオンは、下記の反応を経て、対応するアミノマロン酸アルキルエステルから作ることができる。」(八頁下から二行ないし九頁一行)との記載がある。

<省略>

右の引用例2及び本願明細書の記載からみても、本願明細書において、オキサゾリジンジオンの前駆体として示された前記<2>の(4)は、引用例2の式Ⅳの化合物にほかならず、本願発明におけるオキサゾリジンジオンも、ベンゾフエノンと反応する際にはオキサゾリジンジオンが開環して引用例2の前記式Ⅳにみられる態様で反応するものであることが明らかであるから、両者における反応剤がベンゾフエノン誘導体の2位のアミノ基と反応し、次いで閉環して目的化合物が生成されるという反応機構にも差異があるとは認められない。したがつて、引用例2に記載されたベンゾジアゼピン誘導体の製造方法が、本願発明と反応剤及び反応機構が全く異なる旨の原告の主張は採用の限りでない。

(四) 更に、その余の原告の本願発明の進歩性に関する主張について、検討する。

原告は、オキサゾリジンジオンにアルコキシカルボニル基が置換した化合物は不安定であり、重合しやすいことを主張し、そのことが知られていることの根拠としてジヤーナル・オブ・ザアメリカン ケミカル ソサイアテイ(七五巻七九頁)(甲第八号証)を援用するが、成立に争いのない甲第八号証によれば、アルコキシカルボニル基を有するオキサゾリジンジオンがポリエチルアミノマロン酸重合体の原料として用いられること、重合は九〇~一二〇℃で行われることを知り得るが、同号証が、アルコキシカルボニル基を有するオキサゾリジンジオンを原告のいうように不安定なものと解するべき根拠となる記載は見出せない。また、原告は、オキサゾリジンジオンの置換基がアルコキシカルボニル基であるか、アルキル基であるかの違いは、微細なこととはいえない旨主張するところ、たしかに、オキサゾリジンジオンの置換基についてみれば、原告主張のごとく化学的性質を異にするものであるとしても、オキサゾリジンジオンの3位に置換しているアルコキシカルボニル基自体は、オキサゾリジンジオンの前駆体であるアミノ基をブロツクしたアミノマロン酸モノクロルモノエステルのモノエステル部分を形成しているものであること及び反応後においても安定な基であること(直接反応に関与せずアルコキシカルボニル置換基としてそのまま存在している。)は、引用例1にみられるベンゾフエノンとオキサゾリジンジオンとの反応機構並びに引用例2の反応態様に照らしても明らかである。右のことからして、オキサゾリジンジオンの置換基の相違が本願発明と引用例1における前記認定のとおりの基本的反応機構を大きく異ならしめるものとは認められない。また、このアルコキシカルボニル基がベンゾフエノン誘導体の2位のアミノ基との反応を早めるものであるとしても、アルキル基の場合に比して格別の違いがあることを裏付け得る証拠はないのであるから、この点で本願発明の優位性を認めることはできない。したがつて、原告の右主張も採用できない。

3 右のとおりであるから、原告のいずれの主張を検討してみても、審決の相違点についての認定判断を誤りとすることはできない。本願発明について、引用例1、2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるとした審決の結論は正当であり、違法の点はない。

三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものとして、これを棄却することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

次の一般式に示すベンゾフエノン置換体を

<省略>

次の一般式に示すアミノマロン酸のモノクロルモノエステル

<省略>

(但し、R5はメチル基である。)及び次の一般式に示すオキサゾリジンジオン

<省略>

から選ばれた、アミノ基を封鎖したアミノマロン酸のアルキルエステルと反応せしめることを特徴とする、次の一般式に示す3の位置がカルボン酸のアルキルエステル基で置換された1、4―ベンゾジアゼピンの製造方法。

<省略>

(但しR1は低級アルキル基、または水素原子でありR2は炭素原子が1乃至6個の直鎖状または分枝状低級アルキル基でありR3は水素原子、ハロゲン基(例えば塩素または弗素)またはトルフルオロメチレン基でありR4は水素原子、ハロゲン基またはニトロ基である。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!